*クッキーサンド*
―マーカスの庭にて―
いつものごとく、三月ウサギのマーカスと帽子屋のヒューゴはお茶会をする。
繰り返し繰り返し、飽きもせず、仕事もせず。
彼らの会話はいつでも唐突に始まり唐突に終わる。
ある晴れた日も、いかれた二人のいかれた会話が始まった。
これはヒューゴが三杯目の紅茶で茶葉占いを試みていたときのこと。
「やあ、これはなんだ‥ナイフか十字架か‥」
「ヒューゴ」
「ナイフと十字架は‥何を表すんだったか‥」
「ねえヒューゴ」
「なんだいマーカス」
「きみ、折角のお茶会だよ!」
「何が言いたいんだい」
「だってきみったら、紅茶ばっかり飲んでるじゃないか!」
「マーカス、また耳にテントウムシでも詰まったのかい。お茶会なんだから紅茶を飲むのは当たり前だろう」
「きみこそテントウムシの入った紅茶でも飲んだんじゃないのかい」
「やれやれ、ぞっとしないことを!テントウ・ティーなんて飲む気がしないよ」
「向上心の高い虫なんだ、きっと高貴な紅茶になるさ」
「飲むと高貴になるのかい?ご苦労なことだ!」
「しかし、よくよく考えればうちの庭のテントウムシも紅茶を飲みたがるかもしれないな」
「そうしたらテントウムシ用にティーカップを特注しなけりゃいけない」
「小指の爪の先よりもっと小さいティーカップを作れる職人を探さなきゃあ」
「そのティーカップに注ぐ為のポットも小さくしないといけないな!」
「ところでヒューゴ、お菓子は食べないのかい」
「‥マーカス、今はテントウ・ティーカップとテントウ・ティーポットの話をしよう」
「だってきみ今日はスコーンにもクッキーサンドにも手をつけてない!変だ!」
「変なのは当たり前‥変なのが当たり前だろう、僕らイカレてるんだから」
「いつもの変とは違う変だよ、ヒューゴ。きみ、時々こうやって何も食べなくなるじゃないか」
「そうだったっけ?」
「折角、オレが手作りしたイチジクジャムなのにどうして食べないんだ」
「ああ、マーカス。僕は確かにジャムが好きだけれど」
「ヒューゴ!オレの友達!何でも言ってくれ、遠慮せずに」
「じゃあ言うけど、そのジャム、カビ臭いんだ」
「カビ?そんなわけ‥‥‥ああ、こりゃひどい!」
「いくらクレイジーでも、白カビのトッピングは嬉しくないんでね」
「ヒューゴ、悪かったよ。じゃあ新しいジャムを出すから、それでスコーンを食べようじゃないか」
「いや、遠慮しておくよ」
「クッキーサンドは?」
「それもいい」
「なんだ、やっぱり調子が悪いのか」
「いや、嫌いなんだ」
「おかしいなぁ。ヒューゴきみ、クッキーサンドが好物じゃ」
「そうだね、『三月兎製クッキーサンド』じゃなければ」
「‥‥ああ、なるほど?」
「ついでに言うと『マーカスの手作りスコーン』とか『オルコット・クリーム』とかじゃなければ嬉しいね」
「なんなら続きは裏でゆっくり聴こうか、ウォリス」
「おっといけない仕事の時間だ。悪いねオルコット君、また明日」
「紅茶をもう一杯飲んでもう少し話そうじゃないか‥‥クッキーサンドでも食べながら」
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ヒューゴは帽子屋、マーカスは靴屋。
生業違えど親しい友人、親しき仲にも不和の元。
紅茶の残りを庭木にやって、逃げ出す帽子に追う兎。
言うに言えない台詞を抱えて、次も懲りずにお茶をする。
切るに切れない腐れ縁、食うに食われぬ腐れ菓子。
哀れな帽子屋が叫ぶには、
――マーカス、せめて味見をしてくれ!
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